ニシオノユウコ
 1975年10月1日
 天秤座 A型
 生れも育ちも在住も大阪 
 ホームページ制作が生業
 from-meの運営
 大の漫画好き

ニシオノの生い立ち なんてことはない。平凡な人生送ってる。
1975年
10月1日
父32才、母28才、兄5才の時に生まれる。たいそう髪が薄く、『ちゃんと髪が生えてくるのだろうか』と、両親を不安がらせる。
1979年
4歳
ちゃんと髪は生えたらしい。ながーく伸ばした髪を『ピンクレディーのミィちゃんみたいにしてください』と、散髪屋で切ってもらったら、『はらたいら』みたいにされて大泣きする。毎日鏡を見てはシクシク泣いていた。これがトラウマになったのか、いまだに髪を短くすることができない。
書道を始める。
1980年
5歳
公立幼稚園入学。「スカートめくり」大流行。大人しいお子様だったのでめくられまくり。登校拒否園児になり母を困らせる。
広告の裏に絵ばかり描いていた。お絵書き帳をあたえておけば、ずっと大人しく絵を描いていたらしい。画家になりたいと言ってた。ピアノを始める。
1981年〜
6歳〜12歳
小学校に入ってもスカートをめくられまくり、めくられるとシクシク泣いていた。が、ある日、めくったバカ餓鬼に「やめてよ!」と初めて言い返すことが出来てから、急に明るい性格になり、いちびったヤツになる。
偏食ぎみで、いつも給食が全部食べれらず、「食べてしまうまで帰っちゃダメです!」と先生に言われ、毎日居残りさせられる。食べたふりしてカバンにパンを詰め込んで、入れた事を忘れていてカビパンだらけにしたこと数知れず。 通知表にもずっと給食についてのことを書かれていた。
漫画に夢中。「りぼん」とか「なかよし」を読んでいた。いたってフツーに「トキメキトゥナイト」とかが好きだったりした。でも岡田あーみんも好きだった。この頃から漫画好きの兄と共に、漫画を集めだし、部屋中漫画でいっぱい。漫画家になりたいと言っていた。でも漫画を描いたことはない。
1987年〜
12歳〜15歳
中学生。美術部に入部したが、そこは美術部という名のアニ研だったので退部。
とにかく絵を描くのは好きだった。友達の、夏休みの宿題の図画工作やポスターも描かせてもらっていたりした。尾崎豊に夢中になる。といっても、盗んだバイクで走り出したりはしていない。
1990年
15歳
高校入学。なにを思ったか、英語科に入っている。予想外に、倍率10倍の英語科に受かってしまう(ほんのり自慢)。調子乗りに拍車がかかって、能力もないのに、『通訳になる』などと、よくわからないことをのたまっていた。
しかし、幼稚園の頃から習っている書道の道に進もうかとも考えたりする。
学校の学園祭のポスターとか描いたりしていた。やはり絵を描くのは好きだったのである。
1992年
17歳
クラスには帰国子女が何人かいた。いくら勉強したって、ヤツらにはかなわないということを実感し、英語の道を挫折(とかなんとか言いながら、ただ単に根性無し)。
書道への道を極めようかとも悩んだが、なにより安定した暮らしがしたいという現実的な女だったので、公務員試験に向けて勉強していた。が、高校2年生のある日、芸術のことはなにもわかっていないであろうと思われる英語教師に『君は絵の才能があるから芸大に進みなさい』と言われたのを真に受け、また調子に乗って進学を決意。英語科に入った意味無いじゃん。調子に乗りに乗っているので、世の中なめており、デッサンの練習もサボリまくって美術の先生に怒られ続ける。
尾崎豊死去でショック。旦那と出会う。
1993年
18歳
高校3年生、いよいよマジで進路を決める時期、曼陀羅描き職人になりたいと真剣に美術の先生に相談するが反対される。あっけなく「そっか、じゃやめとこ」と思う。意志薄弱。
1994年
18歳
芸術をやりたいと言っていたのに。なぜかプロダクトデザインコース(産業デザイン)に入っている。インテリアデザインとか、伝統工芸とか、コンピュータとかなんかいろいろやる。溶接までやる。まだ安定した公務員への夢を抱いていた。まだ書道も習っていた。が、やはりデザインで食ってけるならちょっとやってみたいなと思いはじめる。
1996年
20歳
インターネットの情報通信サービス関係の会社にあっさり就職。ホームページのデザインしたりする。しょぼい作品を沢山つくる。個人ページ開設。いろんな人と出会う。17で出会った旦那と婚約する。
1998年
22歳
社長に、おまえの個人ページは仕事に支障をきたすと言われ、ネット界から追放される。
結婚する。
同年3月
22歳
退社。独立。けっこう無謀。夫婦共々フリー。定収入無し。安定からは程遠い生活開始。なのに新築一戸建て購入。無謀にも程がある。すごい貧乏になる。食うのもままならない時期があり、旦那と2人で近くの畑の野菜を盗もうと夜な夜な出かけるが、良心が働き思いとどまる。ホームページ再開。おめでとう自分。
1999
23歳
軽くITバブルを感じる。年のわりにはリッチになる。
2000年
24歳
病気知らずの父58才、癌であっけなく死去。けっこう衝撃的。「人は死ぬのだな」ということに気付いて恐くなる。
ITバブル崩壊へ。また貧乏になる。
2002
26歳
犬並みの安産で元気なオッサン顔の女児出産。生まれて初めて「女でよかった・・・」としみじみ思う。我が子は可愛いぞ。出産ってオモシロイぞ。犬並みだから言えることか。
2003年
27歳
第2子出産。やっぱり犬並みにアッサリと。地獄の年子育児スタート。夜泣き赤子2人に悩まされ発狂。
2005年
29歳
結局長女は2才半まで毎日夜泣き。平均睡眠時間3〜4時間という恐ろしい毎日を過ごしていたが、ようやく朝までブッ続けで寝てくれるようになり、且つ、食器洗機購入により精神安定を取り戻す。主婦の必需品だーねー食洗機。
Webデザイン製作を生業としてはや10年。今までの人生を振り返り「私の進むべき道はコレではないー!」とある日突然思う。さぁどうしよう。何しよう。もう30。もう子持ち。なんかモヤモヤとした日々過ごす。
2006年
30歳
ネットから本当のお手紙が贈れるサイト「from-me」をオープン。さぁどうなるどうなるこれからどうなるんだろうドキドキ。
さぁ、これからはどんな人生送るんでしょうね、私は。
ここまででもかなり長いのに
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